起業を考えたときに「もし◯◯があったら」と言い訳をしていないか?

レールに敷かれた人生を歩んでいる人でも、愚直に今の生き方を肯定している人は少ないと思います。

 

ふとした瞬間に、「俺も(私も)◯◯みたいに好きなことで起業して、格好良く生きられたらいいなぁ。」と思うことがあるでしょう。

 

その時に「よし!俺も(私も)起業しちゃおう!」と考えて行動する人はほとんどいないと思います。

 

それはなぜか?

 

それは自分の心に尋ねればわかるでしょう。

 

という少しだけ小難しいところを掘り下げたいと思います。

 


「もし、◯◯があったら…」

以下、代表的な「もしあったら」です。

「学力・学歴」

「知識・経験」

「お金」

「時間」

例えば、今、あなたが「スティーブ・ジョブズのように世界にインパクトを与えるような事業を成し遂げたい!」という強い願望があると仮定して考えてみましょう。
※仮定なので、現実の願望に置き換えてみても面白いと思います。

 

そして、彼との比較において

「彼のように学歴があれば…」

「彼のように知識や経験があれば…」

「彼がものづくりを成功させたみたいに、ものをつくる金があれば…」

「彼のようにものづくりに没頭できる時間があれば…」

などと、ネガティブな意識が脳裏をよぎるかもしれません。

 

しかし、彼をよく調べるといずれも中途半端、もしくは皆無な環境下にいたことがわかります。

 

では、何が彼と「ネガティブな私」と違うのか。

 


違いは圧倒的な行動する力

そう。もうおわかりでしょう。

 

それは行動力です。それも「圧倒的な」です。

 

この点は、凡人と天才の違いの部分かもしれません。

 

「没頭力」などとでもいいましょうか。

 

これにさらに加えるとすれば、比類なき信念、熱き想い、でしょうか。

 


あなたの周りにもいる「できる人」の特徴

 

あなたの周りにいる「出来る人」を観察していると、思考よりも実践する力、つまり行動力が光る人が多いはずです。

 

行動力があり、さらにその行動には裏付けされた根拠がある人という特徴の人はいませんか?

 

これには例外があるので、確定的に定義することはできせんが、概ね外れてはいないと考えます。

 


可能性の中に生きるか、実行するか。

レールに敷かれた人生はとても楽で、多少のやらされ感はあるものの、不便なく生きていくことができます。

 

与えられた役割の中で、承認欲求を満たしながら生きる道ですね。

 

日本の法律の仕組みとでもいいましょうか、これが前提で制度設計されているんですよね。

 

戦後の日本が高度経済成長を遂げるために必然的にそうなっていったのでしょう。

 

そういった時代なら、単純な夢を語りやすかったのかもしれません。

 

今の時代、イケイケの成長時代と異なることは明らかでしょう。

 

なのに、旧態依然の雇用制度や、働き方を続け、企業にいいように使われるだけで本当にいいのでしょうか。

 

今の時代はパソコン1台あれば、個人で起業して生きていける時代だということはなんとなく理解できるかと思います。(※「理解できる」と「実践できる」は大きく違います。)

 

その手法を知らないだけで、誰もが好きなことで起業できるはずです。

 

なので、私は可能性の中で生きることを辞め、冷静にやりたいことを見つめ直し、生き方そのものを変えてみようと思いました。

 


人間は変化怖がるもの

変化を怖がるのは当たり前の本能です。

 

人間という生物の基本はホメオスタシスである以上、変化を嫌います。

 

つまり、いつもと違う環境であったり、いつもと違う条件下においては、とても不快感を覚えます。

 

ストレスを感じるとしたほうが適切でしょうか。

 

思い切って起業や転職ができない人は、こういった人間の本能的な性質が「正常」に働いてしまい、可能性の中で生き続ける選択を無意識にしてしまっているのです。

 


結局は、すべは言い訳でしかない

「もし◯◯があったら」は変化から逃げるための思考でしかなく、ここからマインドセットをいかに変化させることができるかが重要ですね。

 

一例に挙げたスティーブ・ジョブズの成功も、彼は信念を持って、可能性の中ではなく行動することで生まれる現実の世界を生きたから成し遂げられたはずです。

 

私は実行します。

 

あなたはどうしますか。

 

RYO

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