父、会社やめるってよ(4)大学時代から社会人へ

大学時代


大学時代にいた周囲の人間

大学時代は、学生が全国の地域から集まってくるためか、人間関係においてはとても刺激的でした。

 

私のように目的無く流れ着いてきた人もいれば、特に大きな夢もなく、いかにも優等生って感じでの人もいましたね。

 

よく耳にしたのが「旧帝大に進学したかったが、後期日程で滑り止め進学なんだよね。」と、自慢になっていない自慢をする人も多かった気がします。

 

でも、結局のところ、受験戦争の波に流されてしまい、不可抗力で嫌々勉強した人間の集団、というのが事実でしょうか。

 

本当に強い目的や意志がある人は、数段上のレベルの大学や特定の専門課程のある学科に進学するはずです。

 

それに、「上のレベルの大学」といっても、将来の職業選択の幅を広げる可能性を高めたいという目的であれば、流れ着いた私と変わりはない気がしますが・・・

 

さぁ、就職活動。どうする?

話は「就職活動」という文字が意識の中で大きくなってきた、大学3年生の夏頃になります。

 

当時の私は「働く」ということが全く想像できずに、将来を描けていませんでした。

 

さらに言うと、なりたい職業も特段見つけることが出来ず、「なんとなく営業職になって商品を売るとか楽しいかな程度のことを考えていました。

 

その頃、周囲ではインターンシップ制度を利用して、働くことへのイメージをふくらましたり、戦略的に就職したい企業へのアピールを行っている学生が多かった印象があります。

 

インターンシップにも興味のない私は、自動車学校に通い、1か月足らずで自動車免許証を取得しました。

 

今考えると、とても有意義な時間の使い方でしたね。笑

 

本気で考え始めた大学3年の秋

そんなこんなで、夏休みが終わった大学3年の10月頃に、本気で将来のことを考え始めました。

 

やはり興味のない世界で営業職につくのはなんか嫌だし、かといって、専攻している学科の学生に人気のある大手企業に勤めるのもなんかイメージができないしと、いくら考えてもダメなものはダメでした。

 

周囲と同じことをやるのが、なにか自分の中で気に入らなかったんですね。

 

まぁ、友人はいましたが、決して多くは無かったですし、集団で群れているのを見ると、少し見下していたのも事実です。(特に理由はないのですが・・・)

 

消去法で考えた就職先

大学受験同様に、ここでも消去法で就職を考えました。

 

条件としては、①みんなが就職先に考えそうな企業はダメ②それでいて給与や休暇がそれなりに魅力的なところ、あとは、③地元の札幌支社があることも条件に加えました。かなり数は絞られましたね。

 

目星をつけた企業には入社のための採用試験があり、SPI程度ならいいのですが、「英語」や「時事」といったものまで問われるとの事前情報がありましたので、大学3年の冬から大学4年の春にかけて猛勉強をしましたね。

 

高校入試や大学入試と一緒で、「就職入試」みたいなもので、とてもわかりやすい採用制度ということもあり、モチベーションはある程度維持して勉強を行いました。

 

無事、今の会社に内定

結果、無事に内定をいただけることができましたが、特にその会社でやりたいことがあったわけではありませんので、面接試験用の想定模範解答も適当にねつ造し、ニコニコしながら嘘とばれないように乗り切った感じです。

 

とはいったものの、模範解答だったはずのものが、いつしか自分の頭の中で「そのように行動すべき、「それが自分の使命なんだとすり込まれていった気がします。

 

会社の環境からくる「洗脳ってやつですね。ここの会社における「常識」がいつの間にか自分の「常識」となるわけですね。恐ろしい・・・

 

大学時代の思い出振り返り

一応、大学時代の思い出としては、研究室の行事でタイの学生と7日間程度の交流を行い、人生で初めての英語でのコミュニケーションや異文化交流にはとても刺激を受けました。

 

とくに就職やお金に関する考え方の違いや価値観の違いは印象的でした。私の人生で「グローバルを意識した初めての体験でした。

 

続く・・・

 

RYO

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